厚生労働省研究班によれば、65歳以上の高齢者の認知症は2012年時点で推計462万人。さらに数年内に認知症になる確率が高いMCI(軽度認知障害)の認知症予備軍を合わせると800万人以上に上ります。これは65歳以上の高齢者の4人に1人がすでに認知症か、認知症予備軍だという計算になります。
厚労省の「平成25年国民生活基礎調査」によれば、要介護になる原因は脳卒中が1位(18.5%)、認知症は2位(15.8%)です。厚労省は国内の認知症患者が2025年に700万人を超えるという予想も発表しています。認知症は誰の身にも起こりうる国民病といってもよく、介護も必要となります。認知症の親を介護するために会社を休んだり、辞めたりする人が今後、ますます増えるかもしれません。日本経済にとっても大きな問題です。
認知症と歯には密接な関係があるということです。「そんな話聞いたことないし、信じられない」と思われるかもしれませんが、うそではありません。
シンプルにお伝えすると、そもそも認知症の正体は「脳の炎症」。その炎症も「慢性の長く続く小さな炎症」の影響が多く、その代表例が「歯周病」なのです。
歯周病の症状である「炎症」は、簡単にいえば外から入ってきたり、身体の内部で生まれたりした害のあるものへの防御反応です。身体は自分自身、つまり細胞を破壊してでも悪いものを取り除こうとします。そうして生命の危機から逃れようとするわけです。いわば「肉を切らせて骨を断つ」という戦術です。
ただ、その「炎症」のプロセスの中で細胞の分子にさまざまな作用をする「生理活性物質」というものが生まれます。それはタンパクの一種であったり、活性酸素であったりしますが、それらは炎症のある場所だけでなく全身的に病的な老化や認知症の原因になることがわかってきました。
老化のひとつの症状としての認知症も、その正体は「脳の炎症」だと言われています。そして、老化・認知症と関係が深いのは急性の激しい炎症ではなく、むしろ「慢性の長く続く小さな炎症」だということも明らかになってきているのです。
その「小さな炎症」のなかで影響が大きいものが、意外なことに「歯周病」なのです。そもそも歯周病とは何でしょうか。耳にしたことがあっても、正しく知っている人は少ないかもしれません。「歯肉・歯根膜・セメント質・歯槽骨で構成される歯周組織が、口の中の細菌感染によって破壊される慢性炎症性疾患のこと」で、成人だけではなく小・中学生などの若年層も多く罹患しているとされています。
適切に歯磨きができていないと、健康な歯ぐき(歯肉)に炎症が起こり、それを改善しないまま深部の歯周組織まで炎症が波及すると、歯と歯肉の境目の溝が深くなり、歯周ポケットが形成されます。これが重症化してしまうと歯がぐらつき始め、残念ながらたくさんの歯を失ってしまうことになりかねません。しかも歯をしっかり磨いていても、気づかずに歯周病になっている人がかなり多いのです。
日本と米国では、歯周病に対するとらえ方が違うということを痛感しています。特に米国では、循環器系の疾患が日本以上に多いのが現状ですが、循環器疾患と歯周病が深くかかわっているというのは常識となっています。そのため、医師たちは歯周病を非常に重視しています。残念ながらこの認識は日本ではまだまだ十分ではありません。
また「歯周病が認知症の原因の多くを占めるアルツハイマー型認知症(AD)を悪化させる」という動物実験の結果もあります。人工的にADにかからせたマウスを2グループに分けて、一方だけを歯周病菌に感染させました。4カ月後にマウスの脳を調べると、いずれのグループでも記憶力に関係する脳の「海馬」という部分にADの原因となるタンパク質(アミロイドベータ、Aβ)が増えていたのですが、歯周病のマウスのほうが面積で約2.5倍、量で約1.5倍多くなっていました。
名古屋市立大・道川誠教授によると、これまで歯周病とADの関係は科学的に研究されておらず「歯周病治療で、認知症の進行を遅らせられる可能性が出てきた」そうです。別の実験では、マウスに歯周病の原因菌としていちばん有力なジンジバリス菌(P.g菌)がもつ毒素(LPS)を注入するとAβがたまりやすくなるとの結果もあります。
ヒトでの調査でも見逃せない結果が出ています。ADで亡くなった人の脳を調べると、P.g菌がもつ毒素(LPS)が高頻度で検出されます。それに対しADでないヒトの脳からはまったく検出されませんでした。またADが発病すると、発病前よりもP.g菌とその仲間の血液検査での陽性反応が強くなるという報告もあります。
「では定年が近づくころから注意すればいいのか」と働き盛り世代のあなたは考えるかもしれません。ところがここに重大な落とし穴があります。ADの発症する年齢で一番多いのは確かに70歳代ですが、ADの原因物質であるAβの蓄積は、発症の10~15年以上前から始まっているのです。ADの発症やその前段階である軽度認知症(MCI)の症状が出てからでは、対策は後手に回らざるをえないのです。認知症の発症から遠ざかるためには遅くとも50歳代で歯周病のコントロールが必要で、できれば重症化する人が多くなる40歳代以前からのアプローチが望ましいのです。
歯周病は、重症化しないかぎり強い症状はありません。自覚症状が少なく、中等度までは自分でみつけるのが難しい病気です。歯周病の原因は細菌感染ですが、その原因菌はクチの中だけでなく全身に拡散して悪さをしています。たとえばADのヒトの脳から高頻度で検出されたり、大腸がんの病巣から発見されたりしています。
そして厚労省の調査では、50歳代後半から60歳代前半にかけて歯周病を持つ人の割合は8割を超えていますし、若い世代でも歯周病になっている人は少なくありません。日本人の多くに歯周病による「小さな炎症」が相当な長期間続いている可能性があり、それが認知症を悪化させているおそれがあることになります。
また、歯周病や虫歯が進行した結果として「歯を失う」という状況が生まれます。ひと言でいえば「かめない」ということですが、実はこれも認知症の進行と深い関係があるのです。
日本の60人(43~89歳)のアルツハイマー型認知症(AD)患者と、性別・年齢構成が近い120人の健常者を比較した研究では、自分の歯を半分以上無くしていたり、総入れ歯を使ったりしているとADを発病しやすいことがわかっています。
また米国の尼僧144人(75~98歳)を12年間追跡した研究でも、歯数が少ないほどADのリスクが上がることが示されています。 歯の数でいうと9本以下の人は10本以上の人と比較して平均2.2倍ADになりやすかったということです。
別の65歳以上の日本人4425人を4年間追跡した研究では、20本以上自分の歯がある人と比べて、歯がほとんどなく義歯未使用の方は認知症発症の危険が平均1.85倍高まる結果でした。対照的に、失った歯の場所に義歯などをキチンと入れている場合はリスクに大きな差は認められませんでした。
かかりつけの歯科医院のない人は定期検診を受けている人と比べて平均1.44倍認知症になりやすい傾向がありました。また米国の80歳を中心とした高齢者を18年間追跡した大規模研究では、男性では過去1年に2回以上歯科受診をしていると平均1.89倍認知症になりにくかったとのことです。
「かめない」ということは、それだけで脳への刺激が減り認知症になりやすい可能性もありますし、食事内容が制限されることで栄養不足になり、それも認知機能の低下に拍車をかけるのです。
歯磨きを怠ることが認知症の遠因になる、と言っても過言ではありません。そして歯の状態を良好に保つには歯磨きだけでなく、歯科への定期的な受診が欠かせません。歯と口の状態を良く保つことは認知症予防・アンチエイジングに直結しています。定期チェックを受けて自分の歯の状態を良くするコツをつかみ、不本意ながら歯を失ったときには放置せず、よく合った義歯を入れるなどして補っておくことが必要になるのです。森永歯科医院院長 森永 宏喜先生(インターネットニュースより)
*認知症と歯周病、こんなに関わりがあるのですね!30代後半からの歯周ケアが認知症の予防に繋がるようです。お口の健康=人間の健康の図式が近年明らかになってきます。もう一度自分のお口を確認してみてください。認知症は自分だけでなく周りの家族にも負担になることが社会問題になっています。解決方法の一つに口腔ケアがありそうです。三嶋直之